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「人懐っこくて甘えん坊なかわいい男の子」だった長男は、もうすぐわたしの背を追い越しそうです。
そんな長男。ここ1年ほど、「おや?」と思わずにいられない行動や言動をするようになりました。
男の子の内面が著しく変化するとされる「10歳」を迎えたからかな。
「あら、もしかしてこれは反抗期?」気づいたときには遅かった……。
そんな毎日をコラム「この春、思春期1年生」と題して、連載でお届けします。
▼登場人物
わたし・・・30代半ばの母。歳の差育児にお疲れ気味。
長男・・・10歳。最近やっと母の許しを得て、クラスの友達とオンラインゲームができるようになった。反抗的なこともあるが、基本は優しく思いやりのある性格。みんなを笑わせたいお調子者。
次男・・・生後6ヶ月。おもちゃより日用品が好き。夜10回くらい起きる頻回授乳中だけど、第二子の育児は心に余裕が溢れてます。
父上・・・読書好きな優しいパパ。いつもは穏やかな性格だが、数年に一度怒ると怖い。そつなく家事と育児をこなし、妻をサポート。フリーランスだから在宅なので、わたし達の騒ぎに巻き込まれている。
目次
長男とわたしの静かなる闘い。

最近、毎日のように長男と喧嘩する。
原因は些細なことで、主に長男の「言い方」が発端だ。
私「ゲームやめて宿題やりなよ〜」
長男「いや、今やめて宿題やろうとしてたし!」
こんな風に、否定と屁理屈をセットで返してくる。
気持ちの余裕があるときは受け流せるが、そうじゃないとき続くと穏やかではいられない。
今は0歳児の育児中で、いつもギリギリの状態だ。つまり、毎日が穏やかではいられないのだ。
わたしだって、物語に出てくるような「やさしいお母さん」になりたい。
どんな言葉を浴びせられても、笑顔のままユーモアのある返答をし、心の中で「反抗期ね・・・♪」と呟いて、程よい距離で息子を支える強き母。
喧嘩するたび、理想の母になれない自分に嫌気が差して、寝顔を見ながら涙ぐむ始末。
怒った後にハッとして、無理やり気持ちを切り替えて、突然優しく接してみたり。
二重人格みたいだろうな…….。
こんな風に悩むようになってから1年が過ぎる頃、やっと気がついた。
「わたしは、やさしいお母さんには、なれない」
自分が発する言葉や態度が周囲の人に与える影響や、家族であっても礼節を持って接することは、反抗期に関わらず、人生通して大切だと思うからだ。
だからこそ、真逆の行動を取る長男に、どストレートにぶつかってしまう。
「屁理屈や言い訳は、頭脳明晰の証拠」らしい。

長男との闘いに疲れ果て、藁をも掴む思いで立ち寄った近所の書店。
育児書の棚には、男の子育児に悩むお母さんを救う本がずらり。
気になるタイトルを手に取り、パラパラめくると、今欲しかった言葉が並んでいた。
屁理屈やあげあしとりは、頭脳明晰な証拠です。成長だと喜びましょう。
こんなことが書かれていた。
長男、ある意味「切り返し上手」なんだな……。
だがしかし、こんな毎日を穏やかに過ごせるのは、聖者か仏様しかいないだろう。
私はごく普通の人間。母になったからといって、まだまだ未熟な部分があるのです。
大事な人からきつい言い方をされたら傷つくし、それが続けば結構苦しい。
だからと言ってすぐにどうこうなる問題じゃないし、大切な成長点だというのはわかるから、なんとかしなきゃ。
そうか!私が変わろう。
保育器に入る長男を見て「元気に育てばそれでいい」と願った事を思い出す。

ちょうど今、次男0歳の育児真っ最中。よく長男が赤ちゃんだった頃のことを思い出す。
今でこそ健康な長男は、産まれてすぐ黄疸になって、産院で保育器に入って治療をしたことがある。
「心配ないですよ〜」と励ましてくれる助産師さんをよそに、ひとりで過ごす病室でずっと泣いていた。
初めての子育てで、私もまだ20代だったから、不安で不安で仕方なかった。
「もしかしたら、もっと悪くなってしまうかもしれない」
「どうして元気に産んであげられなかったんだろう」
そんなことを思っていたな。
そのとき願ったことはただひとつ。
「どうか、長男が健康で元気に育ちますように。
他には何も望みません。元気だったら、それでいいです。」
あのときは、長男が健康に育ってほしい。
ただそれだけを願っていた。
子育てをしているうちに
「もっと勉強できるように」
「もっといい子に」
「もっと優しく」
と多くを望むようになったのは、長男が苦労しないように助けたい気持ちと、苦労する姿を見たくない母親のエゴゆえか。
もちろん、そうゆう気持ちも大事だけれど、それができないからって不幸なわけじゃない。
あのとき強く願っていたことは、今ちゃんと叶っているのだから、もっと感謝しなくちゃな。
それが、今いちばん、長男と向き合うとき自分を救うことのできる方法かもと気がついた。
親子喧嘩は愛情の裏返し?

そもそも、なんでいちいち腹が立つのだろう?
他の人間関係だと、関心のない人に多少きつい言い方をされたって、すぐに忘れてしまうのに。
何度「今日は怒らない!」と決意しても、事が起こると一瞬で頭に血が上って、
「ちょっと!その言い方はないでしょう!?言われた人の気持ちを考えてよ!」
とすぐさま応戦してしまう。
なんでかな。なんでだろ。
う〜〜〜〜〜ん。
あ、そうか。
長男のことがたまらなく大好きで大切だから、言い方ひとつだって見過ごすことができないのか。
大事だからこそ、いつも一生懸命だし、本気でぶつかってしまう。
喧嘩なんて疲れること、大人になったらしないものなのに。
それならもっと、笑い合って過ごしたい。
やっぱり、わたしが変わらなきゃ。
父上には素直な長男。

そんな長男、父上には毎日全力で甘えている。
ニコニコ笑顔で「あそぼ〜!」と駆け寄って、べったり離れず。
ときたま出る屁理屈が父上に及ぶときも、父上がうまく切り返すから後腐れなく元どおり。
義母いわく反抗期がなかったという父上。
屁理屈には冗談混じりな一言でサラっと受け流す。
わたし達が喧嘩しているときは、そっと次男を抱っこして、程よい距離で見守っている。
いました、ここに聖者が。
感情的なのはわたしだけか。
荒ぶる妻の話を絶妙な相槌で聞き役に徹し、アフターケアも抜かりないときた。
恵まれた環境で思春期息子と向き合えるから、頑張らないとね。
思春期息子の母、1年生。

プチ反抗期な長男だけれど、基本はとても優しくて思いやりのある子。
わたしにはない良いところもいっぱいあって、学ぶことも多い。
何より、長男のおかげで「お母さん」という経験ができたのだ。
「子育ては親育て」と言うけれど、本当にそう思う毎日です。
「お母さん」に大変なイメージしか持てなかった20代の頃より何倍も強くなり、感じたことのない大きな幸せや感動を与えてもらっている。
だからこそ一生懸命になって、諦めが悪くなり、器用にできないこともある。
まだまだ育ててもらっていると感じます。
わたしとて、息子の反抗期に立ち会うのは産まれてはじめて!
「思春期息子の母1年生」として、初々しく勉強したいと思います。